「古高ドイツ語」を形作る歯音の変化について ――„Evangelienbuch“の脚韻を手掛かりに

発表者
梅川晏輝
日時:
2025年12月20日
場所:
東京大学

発表要旨:

 本研究は、ゲルマン祖語から古高ドイツ語の変種に至るまでに起こった歯音系列の変化について、有声閉鎖音の無声化(d > t)と、無声摩擦音の有声化及び閉鎖音化(þ > d)という二つの変化の前後関係、延いては因果関係を明かすことを目的とする。
 この問題については研究者の間でも意見の一致が得られておらず、例えばBraune(1926), Moulton(1987)らは þ > d を、Goblirsch(2003)は d > t を先立った変化として想定している。これらの先行研究では複数文書の間で文字表記を比較するという手法を取っている。
 これに対し本研究では、脚韻を成す音節内部の子音同士を比較するというアプローチを行い、単一文書内における各文字と指示音声との対応関係を考察した。これは文字同士の関係しか利用できないという先行研究の問題を克服し、文字が指示する音声同士の関係を手掛かりにすることを可能とするものである。
 歯音の変化時期における唯一の大規模な脚韻詩がOtfridの„Evangelienbuch“である。その脚韻部を調査したところ「d と t との弁別では有声性以外の要素も関わっている」という説を支持する結果が得られた。他の種々の仮定を合わせると d は摩擦性を伴っていたのではないかと推定できる。
 一方、d > t については、同文献では変化が完了していると見られることから、本研究は「(少なくともOtfridにおいては)d > t が先行したことにより、空いた d を埋めるようにして þ の有声化が続いた」という説を主張する。