- 発表者
- 中村 祐子
- 日時:
- 2022年12月11日
- 場所:
- オンライン
クリスタ・ヴォルフと「病」―『クリスタ・Tの追想』における混沌と探求の語り
- 発表要旨:
本発表は、クリスタ・ヴォルフ(Christa Wolf: 1929-2011)の『クリスタ・Tの追想Nachdenken über Christa T.』(1968)をアーサー・W・フランクの『傷ついた物語の語り手』(1995)における語りの分類を用いて、クリスタ・Tではなく「私」の「病」の物語として読み直す試みである。これまで、この小説は、女性の社会主義社会への不適応、または自己実現の試みとその失敗を「主観的真正性」という新しい手法を使って描いたと解釈されてきた。
一人称の語り手である「私」を前景化すれば、この小説は二重の「病」の枠組を持っている。友人が35歳という若さで亡くなったことで「私」は抑鬱状態にあった。その大きな「病」の枠組みの中にクリスタ・Tの2回の鬱病と白血病という「病」が入れ子式に描かれる。フランクは臨床医学の観点から病の語りを「回復の語り」「混沌の語り」「探求の語り」の3つに分類している。「私」の語りは、「混沌の語り」と「探求の語り」の混合型であると見なせる。
「私」はクリスタ・Tの生を「書かなかった詩人」として描こうとした。そのためクリスタ・Tは社会主義社会に生きた女性の等身大の姿と詩人という二面性を持つことになった。その断片の集合体のような語りは「混沌の語り」といえる。語り直しながら、最終的に「死」を受け入れていく方向性は「探求の語り」である。本来「混沌の語り」は病者自身が「語れない」とされている。ヴォルフがどのようにそれを言語化したのかに着目して論じる。