小説はどこまで美を表現しうるか ――E. T. A. ホフマン『騎士グルック』と『カロ風幻想絵画集』

発表者
清水恒志
日時:
2020年12月13日
場所:
オンライン

発表要旨:

『騎士グルック』は後期ロマン派の作家ホフマンが1809年に公表した小説であり、後の1814年に『カロ風幻想絵画集』第一巻に収録された。

狂気の音楽家と語り手との出会いを描くこの短編小説は、音楽や絵画などの芸術への関心や、大都市のレアリテートと幻想、あるいは狂気と精神医学というように多様な要素を含み、豊饒な読解の可能性を示している。しかし本作は『カロ風幻想絵画集』の他作品との文脈の中で論じられて初めてその全貌が明らかになろう。それは『騎士グルック』が『カロ風幻想絵画集』に組み込まれ他の作品との相互的な反省関係に置かれることで、小説による美の表現可能性の追求という作品に内在する試みがあらためて浮き彫りになっていると考えられるためである。

 

『カロ風幻想絵画集』に収録された他作品との関連という視点では、すでにLubkoll(1995)が音楽小説の観点から『クライスレリアーナ』と、またNeumann(1995)が知覚論やメディア論の観点から『ドン・ジョバンニ』やジャン・パウルによる序文などと合わせて本作を論じている。本発表ではこれらの先行研究を踏まえた上で、『騎士グルック』が音楽と絵画、そして文学を合わせ、さらには五感をも叙述することを目指しながら、同時に『カロ風幻想絵画集』一巻全体において「空白の楽譜」という想像力の表現の限界を示すモティーフを繰り返すことで、自己批評性をも持つ総体的な小説の試みであることを示したい。