- 発表者
- 相馬尚之
- 日時:
- 2020年12月13日
- 場所:
戦間期ドイツにおける進化論の射程 ――リ・トッコ『オートマタ時代』(1930)における一元論的世界観の表出
- 発表要旨:
本発表は、作家・化学技術者リ・トッコ(Ri Tokko, ルートヴィッヒ・デクスハイマー Ludwig Dexheimer 1891-1966)の未来小説『オートマタ時代――ある予測的小説』(Das Automatenzetialter: ein prognostischer Roman, 1930)における機械表象から、生物学者エルンスト・ヘッケルの一元論的世界観の広がりを踏まえつつ、当時の生物学の普遍化の試みについて検討する。
戦間期ドイツでは多くの未来/技術/ユートピア小説が著されたが、デクスハイマーの小説は一貫した筋も産業社会への諷刺もなく、延々と楽観的未来予測と技術史の講釈が続くため、冗長で低級な作品とされた。
本発表では第一に、『オートマタ時代』における機械の発展史が、進化論の概念と用語に依拠していることを確認し、続けて、作中の人造人間「ホマート」の機構に対する生理学者リヒャルト・ゼーモンの有機記憶論の影響を示す。デクスハイマーは、進化論の濫用に対する文芸的諷刺ではなく、将来の「科学的」予測のために機械に生物学を援用しており、機械と生物ひいては無機物と有機物の境界を越えるヘッケル的な「一元論的世界観」に傾倒している。
デクスハイマーは化学者ヴィルヘルム・オストヴァルトと社会学者ルドルフ・ゴールトシャイトからの影響を認めているが、彼らは「ドイツ一元論者同盟」の枢要な会員であり、「一元論的世界観」は厳密科学の領域を超え当時の人々を魅了していた。『オートマタ時代』は文学的には駄作であるとしても、客観性を謳う生物学と文学的想像力の奇妙な遭遇例として、普遍的法則を追求する科学的世界観の傲慢と可能性を示している。