E. T. A. ホフマン『黄金の壺』についての一考察 wunderbarとwunderlichの交替を手掛かりに

発表者
清水恒志
日時:
2024年11月24日
場所:
早稲田大学

発表要旨:

 本発表では『黄金の壺Der goldene Topf(1814)』を取り上げ、形容語「不可思議wunderbar(wundervoll)な」と「奇怪wunderlich(seltsam, sonderbar)な」を手掛かりとし、作品に内在する論理を明らかにすることを目標とする。
 wunderbarは西洋の各時代の詩学でも議論の対象となる鍵語であり、特にロマン派ではノヴァーリスが想像力や夢、メルヒェンと関連づけ、ポエジーそのものと同一視している。
 これを受けた「新時代のメルヒェン」たる『黄金の壺』にはwunderbarの語で形容される快いものや好ましい事物が多く現れるとともにwunderlichの語で説明される謎めいた存在や不気味なものもまたしばしば登場する。そのためこの二つの語は、火の精と魔女の戦いに象徴される作品世界内の対立に呼応しているかのように見える。しかし、この作品では幻想的世界と市民社会、動物と植物などあらゆる事物は時に混じりあい、時に相互に移行し変化する。こうしたアラベスク(Oestrle, 1991)やメタモルフォーゼ(Kremer, 1993)という不定形の原理のもとでは、この二つの形容語が修飾するものも対立の関係ではなく連続し相互に関連するものとなり、時には同じ出来事がwunderbarでありwunderlichであるという「矛盾」さえ生じる。結論を先んじれば、これらの語の交替にはホフマンのロマン主義の受容と同時にその批判と相対化という反省的な構成原理が表れていると解釈できる。