- 発表者
- 山中 慎太郎
- 日時:
- 2022年12月11日
- 場所:
- オンライン
テクストの〈接ぎ木〉モデルについて――『親和力』を植物的に読む
- 発表要旨:
多くの場合引用というかたちで、あるテクストに異なる文脈を持ち込むような操作を〈接ぎ木〉というモデルで論じることは、夙にジャック・デリダやウーヴェ・ヴィルトらによって行われており、とりわけ後者によって、そこには思想史的な観点も導入されている。一方で、物語の冒頭に登場する〈接ぎ木〉のモチーフがテクストの構造を大きく決定していると思われる小説『親和力』について、作者ゲーテの植物研究にも目くばせをしつつそれを接ぎ木的テクストとして論じるといった研究は、管見の及ぶ限りほとんどない。
キットラーがその沈黙ゆえに〈1800 年の書き取りシステム〉における「言説生産者」と見なし、ベンヤミンがその「植物のごとくおし黙るさま pflanzenhaftes Stummsein」を強調する、小説中の主要な登場人物のひとりオッティーリエは、テクストにおいて植物と結びつけられ、植物的に扱われることによって、絶食し、死亡するにいたるのだが、そのような植物的状態の中で彼女は言葉を奪われてもいるのである。しかしながら、冒頭で印象的に語られる〈接ぎ木〉が、あたかもテクストの水準においても行われるものであるかのように、この小説には異なる文脈をもつテクストとして「日記」が挿入され、「植物的存在」として、テクストの水準では邪険にされるオッティーリエの言葉は、唯一、接ぎ木されたテクストとしての「日記」においてのみ、その場所を得ることができるのである。本発表は〈接ぎ木〉モデルとして読まれうるテクストの一例として、小説『親和力』を以上のような視点から論じる。