「白昼夢」の克服 ― ホーフマンスタール『帰国者の手紙』における複数の空間について

発表者
石橋 奈智
日時:
2018年11月24日
場所:
お茶の水女子大学

発表要旨:
ホーフマンスタール『帰国者の手紙』は、第一から第五の手紙で構成されているが、このうち第一から第三の手紙は1907年に発表され、第四・第五の手紙は1908年に『見ることの体験』という題で「『帰国者の手紙』から」という脚注とともに発表された。最も有名な、帰国者がゴッホの絵画を見る体験をするのは第四の手紙であること、また、ホーフマンスタールの生前には五通の手紙が同時に発表されることはなかったことなどから、近年の研究では第四・第五の手紙、とりわけゴッホ体験が重点的に扱われ、絵画とテクストの相互作用についての議論が中心的となっている。

 本発表では、ゴッホ体験が頂点とみなされがちなこの作品を、第三から第五の手紙にわたって現れる種々の空間に着目することによって、この作品に新たなイメージ論的観点を見出すことを目標とする。以下を、全体的あるいは部分的に題材とする予定である。1.(第三の手紙)帰国者が幼少時に父親からデューラーの版画を見せられた塔の部屋。2.(第四の手紙)帰国者が投獄されていた牢とそこから見えた水牛の死の光景。3.(第四の手紙)帰国者がゴッホの絵画を目撃する部屋。4.(第五の手紙)ブエノスアイレスの港で、船上の帰国者のもとに現れた「深淵」。これらの空間を、第一の手紙に登場する「白昼夢」 ― 視覚において知覚した像と脳内において想起した像とが同時に現れる分裂状態― を手がかりに、その克服として考察することを試みる。