発表者
中村大介
日時:
2019年11月24日
場所:
成城大学

発表要旨:
E.T.A. ホフマンは、ハワイを舞台とした『ハイマトカレ』という書簡体の物語を残した。親友同士であったメンジースとブロートンという自然研究者ふたりがオアフ島で虱を巡って決闘に及び、両者の死で幕を閉じる。 これまでの研究においてはこの作品は学問もしくは研究者への批判・諷刺として読まれてきた。この作品については近年ポストコロニアリズムの文脈から解釈する研究も出ているが、それでもこの作品の学問・研究者への批判・諷刺という側面は見逃されてはならない。メンジースは昆虫の研究者、ブロートンは植物・動物の研究者と、ふたりの研究分野の違いがあるにも関わらず、両者の描き分けについては先行研究で十分に論じられているとはいえない。文学や芸術における学者諷刺を論じたコジェニーナによれば昆虫を研究する者は諷刺の格好の対象となっており、そうした作品を書いたものとして、ドイツ語圏ではボードマー/ブライティンガーの例があげられる。『ハイマトカレ』の昆虫学者に対する戯画的な描写は明らかにこうした流れを汲んでいる。 オアフ島探検隊への参加を許されながら孤独を抱える昆虫学者メンジースと、隊の正式メンバーとして自分の役割を果たそうとするブロートンとのあいだには差異が見られ、研究者として一括りにして論じてしまうのは適切ではない。本発表では、『ハイマトカレ』はそれまでにあった昆虫学者諷刺の流れを汲み、さらに18世紀ごろからの博物学の流行を背景としながら、孤独な研究者と組織の一員として活動する研究者との対峙の様相を描いた物語であることを示す。