ステレオタイプを笑う-ヤーデ・カラの『セラーム・ベルリン』より

発表者
栗田 くり菜
日時:
2018年11月24日
場所:
お茶の水女子大学

発表要旨:
ドイツのトルコ系女性作家であるヤーデ・カラ(Yadé Kara, 1965-)が2003年に発表した『セラーム・ベルリン(Selam Berlin)』は、主人公のハサン・カザーンが壁崩壊後のベルリンを舞台に、多くのトルコや東ドイツの出身者と関わりを持ちながら、仕事や恋など様々な経験をする小説である。従来この作品を対象にした研究は、ベルリンの壁崩壊をテーマとするものと、両親がトルコ出身でありながらドイツで育ったハサンが抱くアイデンティティのゆれに注目するものの二つの方向から行われてきたが、トルコや東ドイツの出身者に対する偏見から生じる軋轢が、滑稽に描かれているという点に着目した研究は無かった。本発表ではまずハサンが偏見と対峙する滑稽な場面を取り上げ、同系統の概念である笑いやフモールと比較しながら、笑いのような反応を人為的に惹起する形式である滑稽さを検討する。移民背景を持つ作家自らが、偏見から生じる軋轢を滑稽に描くこと自体が、従来の単一文化的な見方の批判と捉えることができるのではないか。また本作品では、ハサンに内在する東ドイツ出身者に対する差別的な視線も一見滑稽に描かれるが、果たしてこれは滑稽といえるのだろうか。本発表では作品分析を通じ、自分が抱く先入観と対峙し、己の内面に批判的な視線を向けることで、自己と異質なものの境界線があいまいになり、文化の規範や思考様式を自明視することのあやうさについて論じる。このあやうさは、つまるところ越境文化をめぐる問題であるといえるのではないだろうか。