ドッペルゲンガーの恋
―ローベルト・ヴァルザー『盗賊』と長編小説を書くということ

発表者
葛西 敬之
日時:
2017年11月11日
場所:
慶應義塾大学日吉キャンパス

発表要旨:
スイスの作家ローベルト・ヴァルザー(1878-1956)は、数多くの散文小品の他に三作の長編小説を生前に発表しているが、ミクログラムと言われる極小文字で書かれた遺稿の中にも、長編小説と呼ばれ得るテクストが含まれている。本発表で扱うのはこの、1968年に解読・出版され『盗賊』と名付けられたテクストである。三作の長編小説がいずれも初期(1906年から1908年)に書かれていたこともあり、1925年に執筆されたと推測されるこのテクストは後期のヴァルザーの特徴が色濃く出ているものとして、これまでのヴァルザー研究において重要な位置を占めてきた。 本発表で論じられるのは、この『盗賊』の語り手と主人公である盗賊との関係について、すなわちこの「二人の登場人物」が同一人物として、いわば互いのドッペルゲンガーとして読まれ得るという点、及び長編小説を書くということがテクスト内でどのように問題化されているか、という点である。 これら二つの観点はどちらもすでに先行研究で扱われてきたものではあるが、本発表はこれらが、愛とその言語化という契機によって深く結びついていることを明らかにする。